常陸太田市西光寺の国指定重要文化財、薬師如来坐像って立派だね。145cmとニュースで聞いてその映像を見た時は人間の身長よりもちょっと小さい重要文化財と言う心象だった。実際に実物をまじかで見てその印象は全然違うものだった。1170年頃の仏像のようだ。平安時代後期の。これだけ立派な仏像がこの地域に安置されたんだよね。当時のこの地域のポジションが見えるような気がする。関東でも屈指の薬師如来坐像らしい。藤原時代の常陸の国の栄華がこの坐像から伝わってくる。大きんだよ、その台座が加わると。巨像と言う表現をしたくなる。常陸太田市には素晴らしい薬師如来坐像があった。
日野薬師如来像って秘仏らしい。1051年に薬師堂建造、法界寺の本堂となる。宇治平等院本尊が1053年の建造、この時期にこれらの仏像が製作されてる。今、宇治平等院も日野薬師寺も阿弥陀如来像がその座を射止めている。阿弥陀如来像はどちらも国宝だ。インターネットで検索すると写真も公開されている。この作風を常陸太田市西光寺の薬師如来坐像が引きついてるとなると、日野薬師如来像の秘仏の想像に役立つのかも知らない、ってふと思った。
古都京都の文化財は世界遺産に登録されている。17寺院があるのだけどその中に宇治平等院も入っている。ここの本尊系の薬師如来坐像って意義と価値があるよね。
1087年が奥州藤原氏の出現。1180年は源平合戦。その背景を考慮すると西光寺の薬師如来坐像の製作はこの1087年前後ではないだろうか。
八幡太郎義家(1039-1106年)の弟・新羅三郎義光(1045-1127年)が親平家の立場へと進んだ。1180年に常陸源氏が源平合戦に敗れるまでの間が薬師如来坐像製作時期になる。親平家時代だったからこそ造れたはずだ。
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